寝返りを打ったつもりが中身だけつるんと抜け出た話と、抜けて戻ったけど戻り切らなかった話

幽体離脱〜

少し前にtwitterでタイトルについて「需要ある?」と呟いたら、割と反応が良かったので書いてみました。周りに何人か経験者いますが、皆さん「抜け方」に個性があるようです。面白いですねー

明け方近く、ふと左の耳元でゴソゴソと音がした。

耳に何かを擦り付けるような、やたら響く不快な音。虫でも入った? わあ、嫌だなあ。そう思って、音がしたのとは反対側へゴロンと寝返りを打った──つもりだったのだが。

つるん。

まるで脱皮をするかのように、「もう一人のわたし」が、身体から抜け出てきたのだ。

布団には、仰向けになって横たわる「さっきまでのわたし」がいる。そのすぐ横で、寝たまま半回転している自分。

……この状況には、身に覚えがあった。アレだ。例のやつだ。わたしは瞬時に状況を把握し、

(おお、抜けた抜けた。ほなちょっとその辺ウロウロしてみっか)

と、いそいそと起き上がった。何か面白いことして、後でfacebookのネタにしたろ。そうや、この状態で「対外離脱なう」って書き込んだらめっちゃオモロいやん!

隙あらばウケたい関西人気質、むき身(?)になっても健在。

隣で寝ているダンナを起こさないよう、そーっとドアノブを回した。冷たいドアノブの感触、開け閉めする時のドアの重みや大きさ、その横をすり抜ける身体の感覚、どれもが完全に「リアル」だった。

忍び足で寝室から出て、そのまま仕事部屋へ移動。夜目が利いているのか、電気を点けなくても、どこに何があるのかよく見える。「いつも通り」の室内。時計は4時を回っていた。

デスクの前に行き、愛用のMacbookを開く。他にも何か「証拠」を残そうとしたが、何故かPC以外の物を動かすことは出来ない。ブラウザのアイコンをクリックし、さあ書き込むぞ! と意気込んだその時、急速に意識が薄れていって──

気がつくと、布団の中で仰向けに寝ていた。「本体」の手足はすっかりしびれ切っており、寝返りも打たずに長時間、じっとしていたことを証明するかのようだった。

朝になり、facebookのタイムラインを確認してみたが、やはり何も書き込まれてはいなかった。では、ただの「リアルな夢」だったのだろうか? 

──いや、あれは違う。寝返りを打ったタイミングで抜ける、というパターンは初めてで新鮮だったが、実は以前にもっと強烈な体験をしたことがあるのだ。

その時も布団の中で、最初は「耳元のゴソゴソした音」から始まった。耳の中に何かが入ってきたかのような、不快な感触を伴う大きな摩擦音。ガサガサ、ゴソゴソ。

何これ……と思いながらも眠かったので、そのまま無視して寝てしまおうとした。が、突然、


ゴオオオオオーー!!!


ものすごい勢いで、わたしの頭が上方に吸い込まれていきそうになる! 一瞬目に入ったのは「ハイスピードで銀色と黒の渦を巻く、メタリックなトンネル」。どこのSFだ。しかも結構レトロ。言うてる場合か。

(ぎゃー! 待って待って! どこに吸い込まれんの、ていうか、わたしどうなっちゃうの!?)

必死に抵抗したのが良かったのか悪かったのか、次の瞬間、するん! と「上半身だけ」抜けた状態で、謎のバキュームはストップした。

……お分かりいただけるだろうか。布団の中には、仰向けに寝たままの身体。下半身はそのままで、腰から上だけが起き上がっているような感覚。

まさに双子のお笑いコンビ、ザ・たっちの「幽体離脱~」ネタ状態になっていたのだ。

しかも「抜けたほう」の身体は、確かに「自分だ」という感覚はあるものの、明らかにその「質感」は異質だった。何と言うか……柔らかいのである。

弾力のある柔らかさではなく、ゆるいゼリーのようにフルフル、たぷたぷと揺れる感じ。輪郭もあいまいで、なのに非常にリアルな体感があるのだ。何これ。

元来お調子者のわたしは、だんだん面白くなりはじめていた。せっかくなら、もうちょっと抜けてみようかな。足まで全部抜けたら、宙に浮けるかもしれない。でも元に戻れなくなったら困るな。ていうか、こんなフルフルでどうやって戻るんやろ?

と突然、今度は布団に「寝ているほう」の背中が、猛烈にかゆくなってきたのだ。あああ掻きたい、でも今は手がたぷたぷで掻けない! ムキー!

……と、背中のかゆみに意識を向けた途端、ずるり、とフルフルの上半身が引きずり下ろされた。あ、と思う間もなく、元の身体に収まった。

いや、収まったと思ったのだが、何故か「右腕の肘から先」だけ収まり切らずに、本体の数センチ上でふよふよと浮遊していた……。この感覚は、翌朝目覚めた時にもまだ残っていて、それで「夢じゃなかった」と確信したのである。

その後も何度か「抜ける」体験はしているが、不思議と毎回、抜け方や抜けたほうの身体感覚が違うのだ。ちなみに「ザ・たっち」状態は今のところこの一回きりで、あとは毎回キレイに全身が抜けている。実は天井付近で浮いたり、壁抜けもしたことがある。

いわゆる幽体離脱、学術的には「対外離脱体験:Out-of-Body Experience(OBE)」と呼ばれるこの非日常的な感覚は、現在では右脳の一部に刺激を与えると、そのような感覚が再現できることが実験で証明されている。(Olaf Blanke他,2004)

脳神経学的に「正常」な人でも、何らかの要因に誘発されて「抜けちゃう」ことはあるらしい。中には自分の意思で、好きな時に抜けられる人もいるという報告もあるが(Smith & Messier,2014)残念ながら、わたしには出来ない。

言ってみれば「脳のエラー」の一種だろう。病的なものではないにしても、あまり熟睡もしていなさそうなので、たまに「お、久々に抜けたな」くらいが良さそうだ。

……一生に一度くらいは「対外離脱なう」と書き込んでみたいけれど。